勘一郎日記
暇つぶし( '_')
DATE: --/--/--(--)   CATEGORY: スポンサー広告
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
DATE: 2011/04/10(日)   CATEGORY: にゅーすから
ばかやろー?
ネットで色々な記事を読んでいて「反原発」という記事をたまに見かける。
なるほど内容は確かにいいし、色々と調査している。

ただ一つの要点が抜けている。
電気の恩恵という点について。

今インターネットに書いている事態で電力を消費している。
各家庭に一台、もしくはそれ以上のパソコンの普及、電気技術
家電、自動車などでのエレクトロニクス技術の進化などには
電力は必要であり、未開発の燃料資源を除けば燃料資源に乏しい
日本にとっては石油に頼るだけの発電に頼ることはできず
その中でCo2などの排出量の面で原子力という物が選択されたのだろう。

そうすると高度経済成長などには必要であっただろうし
リスク的に考えれば、今回の様な事態がなければ継続的な運用面では
他の発電方法よりは安全性は高いと考えられていたのだろう。

その思惑の中に「経済性重視」という思惑が重なり、安全性の面で
想定外の事態がおこったということになるんだろうけど・・・
震災からこのブログを書いていて「想定内」という言葉の方が多い。

混乱した頭で考えても「想定内」になるはずもないのだから
「想定外」になるだけだ。

冷静に考えると言うのは駆け上りの面も含めて「38メートル」の津波。
これは過去に同規模の記録がなされている為「想定しなければ
いけなかった数値」とういことになる、この過去というのが100年ほど前なので
1000年に一度というのは間違いだろうが先日公開された福島第一への
津波到来の様子を見ていると「津波自体にも案外耐えてるように見える」

ただ浸水というのは免れず、排水・防水機能がなかったことで
津波事態の単純な破壊力というよりは海水にやられた感じが見てとれる。
(というのはもうちょい内陸にはいってもいいところが原発周辺で
 水が止まっている)

問題なのは、その津波の建屋内への侵入を防げなかったことや
設備の配置の問題になろうけども、それは想定外でもまあ間違いない。
100年前に原発はなく、そのような津波に襲われたことがないからだ。

それでもまあ以前、安全性を問題視する意見などがなされていた点に
ついて無視した結果がこれだという指摘もあるんだけどもが
問題はそこ。比較して悪いのだけれどもうちは影響力皆無を目指している
んだけれども「逆に考えてみればどうか」

重要で本気で考えているならば認識させ、理解させる努力をしなければ
ならない、最大の労力を持って。
それが理解されていないという事は、周囲も政治家もマスコミも国民も
「放置した」ということであり、その情報を得る努力を怠り
少なくとも「電力への恩恵を感受する立場に甘んじた」ということだ。

だから今更、原発立地地域で避難をよぎなくされている住民以外が
文句を、とくにネット上などで展開してもしかたがないという事だ、
ネットの発展自体も電力の恩恵の延長線上にある、と考えれば。

それよか代替となる電力の提案や研究を推し進めるような圧力を
かけていく努力をすべき段階、すでに問題の出ている原発に対する
知恵や知識の提供、現存する原発の安全性向上の思案を
すべき段階であって、それらの途上や終わった後に文句を言う
「ばかやろー」、それだけ余裕がもてたと思える時期に「ばかやろー」
というべきなのではないかなと。

どうせ推進してきた政治家や、東電の社長連、経済界の人々を
叩こうにも、なんの犯罪なのだそれはということにはじまり
甘受してきた国民の責もとわれることになるだろう、民主主義だし。

そんなのはのれんに腕押しという物で、負の人材というべき
人々かもしれないが、そういう人材を代表に推したのもまた国民であり
それを選ぶ権利も国民にあり、止める権利も国民にあったということを
忘れてはいけない。

忘れてはいけないが、それが間違っていたのだから
「ばかやろー」といっても差支えはないと思う、ただそれをいうべき
余裕がある状態ではない、と個人的には。

ただ、電力の供給源としてこれからも原発を容認するかと
個人的に問われたら「ただちに停止する事の危険性」があると
考える。一斉に原子炉停止してみました→電力不足になりました
→予備燃料プールの電力外部電源でやってたら壊れました→あれ?

代替発電を確保するか、そもそもの電力使用量をおさえる策を
こさえるかしないと全面廃炉というわけにはいかない、現実的ではない。

現在の日本という社会を全てぶっ壊して電力を少なくするというので
あれば可能かもしれないけど、そうした時に誰に東北の被災者を受け入れる
余裕をのこすことができるのかの計算が難しい。

おいらも全てを見ているわけではないけれど、できるだけ広域に
影響とリスクなどを見て判断しなければならないわけで
政府の対応が遅い遅いというのだけれども、それ以上で安全かつリスクの
少ない代替案があげられなければそりゃただの拙速を生み出す
意見というだけで、その対応にも政府の人材をとられかねん。

デマの時もそうだったけれど「正義の人」はこういう時には
いらんわけで「実際に動ける人」と「頭の回る人」がいればよく
「なにかしたい!」という気持ちがあって、ボランティアの経験も
被災した経験もないならば、その気持ちをぶつけて「募金箱」に
お金として募金箱に入れればいいし、経済活動を支えて
支援するだけの余裕を保てばいいのではないかなぁ・・・

こういう時に思うのだけれども、無償でいつまでも支援を
していても依存性がつくと同時に「支援してやってるって」
態度で望まれると被災者もムカツクだろう。

いかに自立の支援をできるか、押しつけの様な善意ではなく
自然に支援できる構造をつくれるか・・・

まあ余震と原発の問題があるのであと二カ月は本当の意味での
復興開始というのは難しいかなと・・・予測してみる。
スポンサーサイト
[ TB*0 | CO*0 ] page top

COMMENT

 管理者にだけ表示を許可する

TRACK BACK
TB*URL
Copyright © 勘一郎日記. all rights reserved. ページの先頭へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。